水無月歌会[令和四年]

6月はからりと晴れる日が多く、なかなか梅雨入りしなかった東海地方ですが、宣言したものの雨はあまり続かず、月をまたいでいきなりの猛暑です。この暑さは一体どこまでエスカレートするのでしょうか。体調管理の難しい夏となりそうです。

さて6月中旬、2年半のコロナ自粛を解いて、地元にお住いの青虹社のお友達のご案内にて、鎌倉へ1泊2日の旅に出ました。

先ずは北鎌倉の駅にお迎えいただき円覚寺へ。総門をくぐり階段を上ると、三門が現れ堂堂たる風格。寺領はそこから山へ山へ。随所にある石段を見上げると、萱葺の狭い門が奥へと口を開いて、これぞ結界という雰囲気を漂わせ、自ずと背を正されます。続いて鎌倉街道をジグザグに東慶寺、明月院、浄智寺、建長寺へ。明月院には山門の手前から境内全て埋め尽くすほどの人、人、人。あじさい寺と呼ばれるにふさわしく、全山のあじさいは淡いブルーに統一され、鎌倉ブルーと言うのだそう。建長寺では方丈庭園から200段の階段を励まし合いながら上り半僧坊へ。駅前のコンビニで調達したおにぎりの美味しかったこと。展望台からは有るか無きかに、雪を頂く富士の三角頭をうっすらと確認でき、目の充電も完了。

午後は亀ヶ谷坂切通しを経て若宮大路へ入り、念願の段葛を真っ直に上って鶴岡八幡宮へ。都合よく梅雨の中休みで、雲は薄いながらもべったりと太陽を遮断して暑さを回避。寺社の境内にも、民家の庭先にも、切通しの狭い山道にも、色々なあじさいが今を季と咲き満ちて、山から街へ、したたる緑の鎌倉を堪能。夜は横浜へ足を延ばし、ランドマークタワーより暮れ行く横浜港と日本丸、街の灯りを眺めながら、美味しいディナーをご馳走になりました。

2日目は江ノ電に乗って江ノ島へ渡り、海抜100メートルのタワーに上り、360度の殆どぼ〜んやり!とした絶景を楽しみ、長谷寺へ。十一面観音菩薩の大きなお姿を間近に見上げると、その圧倒的な存在に身じろぎもできず、パワーをシャワーのように浴びて元気を充電。

そして高徳院の大仏様へ。お目にかかるのは2度目。前回の印象通り実に端正なお顔で、憧れの人に思いを寄せた乙女心がふつふつと・・・。あまりにも有名な与謝野晶子の歌碑は、以前より裏手の木々が繁ったせいか、木立の陰にひっそりと立っていて、知らなければ多分見過ごしてしまうでしょう。晶子の直筆は、情熱を露わに歌を詠み、夫鉄幹を洋行させ、12人の子供を筆一本で育てた、その剛腕ぶりからは考えられないほど、細くなよなよとしていて、いつも何か違和感を覚えます。

そして仕上げは鎌倉文学館へ。ここには観光客の姿はほとんどなく、侯爵邸として建てられた洋館には、鎌倉文士たちの直筆の原稿や書簡が並び、心地よい風の吹き抜けるバラの庭園を眺めながら、バルコニーにてコーヒーブレイク。古くより名だたる人々を魅了し、引き寄せてきた鎌倉の奥深さを感じながら、きっと秋には静かに己を回帰させ、冬には寂然とした厳しさの中に迎えてくれるのだろうと、去り難い想いを胸に帰途に着きました。この様な素晴らしい旅をご用意下さった友人に、感謝の想いは尽きません。

[六月号誌上]より

・追想にひたれる午後の日めくりは春の鏡に映りゆれつつ(金丸満智子)

・ふはふはと行方定めぬ老後なり眠れぬ夜は眠らぬままに(井口慎子)

・万葉の仮名に孤悲とぞ宛てけるは時こえ人の恋あはれなり(中川りゅう)

・採血の値きびしく心の臓常ならぬ母と刻む春なり(山本浩子)

・届きにし友の歌読む縁側に過ぎにし日々を懐しみつつ(後藤まゆみ)

・微かなる光を放ち咲きしもの散りゆくものへ春の雨ふる(中世古悦子)

・心臓のくすり服む身へのびむ日をけさ梧桐の幹にまぶしむ(水本協一)

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